トイレのスリッパのお話     

このお話は私(鳥越介順)は大好きなお話で、お恥ずかしながら私も実践しています。

竜退治の騎士になる

スリッパを揃えるとヒーロー、とりわけ「竜退治の騎士」になれるそうです。

「竜退治の騎士になる方法」というお話のなかにそうあります。(児童文学作家 岡田淳)

この物語の主人公は二人の小学6年生、男の子の康男くんと女の子の優樹ちゃん。

ある日、忘れ物を取りに二人で、もう校門が閉まった後の学校へ忍び込む。そしたらそこに一人の男が教室にいる。中世の騎士みたいな格好をしている。「あんた誰や?」と聞くとその騎士が関西弁で答える「竜退治の騎士や」。康男君と優樹ちゃんもなかなか信じられなくて劇団員か何かだと思っている。その騎士の名はジェラルド。三人が会話をしていたら、実際に竜が攻めてきて竜退治が始まった。最初、優樹ちゃんには竜が見えるのだけれども康男君には見えない。でもその戦いに巻き込まれていく中で康男君にも見え、最後は三人で竜をやっつける。

 

ここで紹介したいのは、ジェラルドがどうやって竜退治の騎士になったかを優樹ちゃんが聞く場面です。

 

ジェラルドは答えます。きっかけは小5の時にたまたま行った林間学校先の森で女の竜退治に出会ったことだと。「竜退治の騎士、めちゃめちゃかっこええやないか」と、俺も竜退治の騎士になりたいと思った。康男君は「なりたいと思ても竜退治の騎士になんか普通はなられへん。どうやって竜退治の騎士になれたん?」ジェラルドは答えた。「するとその女の竜退治はこう言った。『あなたは林間学校に来ているのでしょう。では今日からできることから教えましょ』一言も聞き漏らすまいと俺は緊張した。」

 

「林間学校のトイレには、トイレ用のスリッパがあるでしょう。竜退治の騎士になりたければ、あなたが用をすませてトイレから出るとき、あなたのスリッパはもちろん、全てのスリッパを次に使う人が使いやすい向きにきちんとそろえるのです。」俺はポカンと口を開けた。そらそうやろ。竜退治の騎士になりたい言うてんのに、トイレのスリッパ並べなさいはないで。「トイレのスリッパそろえたら、竜退治の騎士になれるんですか。」「本気でトイレのスリッパがそろえることができれば、そのことから自分の次の課題を見つけることができるでしょう。」とこうや。「次の課題がみつからなんだら、どうするんですか。」「竜退治の騎士にはなれません。」

 

さて次に「そしたら?」と優樹ちゃんが聞く。するとジェラルド。「本気でやったら次の課題が見つかる、ゆうのんが、みょうに心に残ったんや。どういうことや。本気でトイレのスリッパをそろえるっちゅうのは。君らやったらどうしたらえええと思う?」

本気でトイレのスリッパをそろえる。あなたならどうします?そこでジェラルドはとりあえずやってみた。そうしたら、それは彼が思っていたより難しい仕事だった。スリッパをそろえるのはなんでもない。気になったのは人の目だと。まぁ、このジェラルドはその頃、大概いい加減なヤツだったらしい。そんな彼がスリッパを並べ始めるとどうなったか。不思議な事に誰もそれをたずねなんだ。「ほぉ、とか、へぇ、ちゅう目ぇで俺を見ることはあったで。せやけど、誰も、何で、とは聞いてこなんだ。不思議なことはそれだけやない。林間学校のキャンプ生活が、なんやらええ感じになってきたんや。雰囲気がなんちゅうか、とげとげしてたり、よそよそしかったり、わざとらしかったりしてたところがなくなってきて、ええ感じになってきてな。とにかく俺は、もう帰りたいという気分には、それから後はならなんだわけや。」

そしてジェラルドは林間学校から帰った後も、家でもどこでもスリッパをそろえ始めます。

そしてその後、彼は竜退治の騎士になることができたわけです。

参照文献:「竜退治の騎士になれる方法」岡田淳 「冒険の作法」小阪裕司